2013年01月28日

2013 1 28

みかんの皮は干しておくと甘くなるらしい。
2日干した皮を食べてみると柑橘系の渋い苦味しかしない。
頭が痛くなる苦さ。

大東亜戦争時代を生きた方の話では拾ったみかんの皮を
数週間干して甘みがでたところで一回しゃぶり、また干して
最後に食したようだ。干した皮を日中じぃっとみつめて
今か今か、と涎を垂らしていたという。

いま出回っているみかんは皮にワックスが塗られているので
干したものは直接は食さないらしい。みかん茶やふりかけなどで香をつける程度。

しかし、いざとなれば食べられる程度の味だったのでよい発見・体験をした。
食べたあとに腹をくだすのを防げれば良い非常食になるだろう。

砂糖漬けにすればいいかもしれない。
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2013年01月27日

ひもなじーさんでひもじぃ。

ひもじぃ。
食べ物がないのは恐怖。

よくTVで大学生時代の貧乏生活を楽しげに語っている方がいる。
しかし、よく聞いてみるとあえて貧乏生活を選択した方もいるのだ。

あえて貧乏生活を選んだ人間はなんちゃって貧乏であり、
半ば強制的に貧乏に陥った人間には憤慨することでしかない。
このような話は美化されて放送されるので裏側を察する視聴者は少ないだろう。

貧乏生活時でもが後ろ盾・帰る場所・食料を安定供給してくれる
場所がないとあるとでは大違いである。
言い換えれば出口を確保できている状態の人とどん詰まりな人の差。
大学時代は貧乏な生活をしていても実家にもどればたらふく飯が食える人がいる。
夢を追いかけなければすぐに貧乏生活から脱出でき職を得る人だっている。
反面、苦学生であり実家も貧乏かつ頼れる人・親戚もいない人も確かに存在するのだ。

いわゆる精神的に落ち着けて衣食住を安定して得られる場所「ホーム」を
持っている人の最大の利益はものごとに果敢に挑戦できることだろう。
精神・経済的に傷を負っても頼れる集団、家族がいるのだ。
ホームがない人間は何をするにも臆病になりがちだ。
選択を過って損害をうけても補償してくれる人間は居ない。
いざというときの安全地帯がない。
物質的な恩恵よりもこれは大きい。
しかし、人間は物質的な恩恵に目がいきがちなので
ホームがなくてもそんなに大したことではないだろうと考える。
posted by ひきひき at 09:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月21日

まいったまいった

人生で体験した隣人トラブルが2件。
共通するのは精神的にまいった中年おばさんが発生元だということだ。
そのうちの 1件はひきこもっている最中に発生した。
それも元父の勤める会社が地元やくざと関係があり、
給料を支払うのをしぶっていた最中。
家賃はどうしようかと思い悩む母。
額に手を当てて深いため息をつき、
ときに自嘲的な笑いをする。
十数年かわらないスタイル。
変わったのはヒステリー状態になっても私をひっぱたこうとしたり些細な行動を
とがめられ理不尽に責められないことだろう。
原因が自分だとしても八つ当たりをしなくては気がすまない元父も
大人しくなっている。貧弱とはいえ元父の背丈を追い越したのだ。
おいそれとこずくわけにはいかないのだろう。
貧乏なのは変わらずだが幼少期に比べたら天国だ。
とにかく家庭内状況は悪く、家計も逼迫していた。
さらにいえば当時は私が長期ひきこもりから脱出しようとはじめたバイト先を
辞めたばかりの頃であり私自身も落ち込んでいた。
無能力であることもだが、運のなさにもだ。
せっかくたどり着けたバイト先も「俺さま」的な人物が現場をしきっており、
その問題児社員の直属となり、誰もが忌避する仕事を担当するはめになったからだ。
1ヶ月持ったことはない云々と呼ばれた人の下につくのは何回もあったが
今回は相当にこたえた。毎週毎週求人誌に乗っている求人広告は避けたにも関わらずこれだ。
そんな折に事件はおきた。

深夜。気分転換に自転車で走ってこようかと思い、外に出て
自転車に乗り漕ぎ出す。しかし、違和感がある。
気づくまもなく「しゅるしゅるしゅる」と気の抜けるような音がし
回転していた自転車の車輪が止まる。
確かめるまでもない。タイヤの空気が抜けただけだ。
今日はもう寝ることにして明日詳しく状態を確かめることし、寝床についた。

朝。母が自転車やられたねーと騒ぎながら玄関にでるように促す。
自転車のタイヤを詳しくみてみると側面に穴が開いていた。
意図的にとしか思えない穴が。

明くる日。
母が気の抜けたような憤っているような悲しんでいるような
顔をしている。私の気配を察するとため息がでかくなった。
話を聞くとまたやられたらしい。車体に硬貨のようなもので傷をつけられ
タイヤ側面は千枚通しのようなもので穴をつくられていた。
誰にやられたのか。実はすでに班員など分かりきっていた。
隣人の中年おばさんだ。

数ヶ月前には母が庭ともいえない土場で育てていた植物が
全部はさみで切断されたこともある。
しかし、頭のほうはキれないらしい。
なぜなら盗み聞きをするのにも足音をたてるうえに
身体がまったく隠れていないのだ。
母としゃべっているとかすかに土を踏む音が聞こえる。
さらには窓をすこし覗くと壁に耳をあてるかのようにして
しゃがみこんでいる隣人のおばさんがはっきりと見て取れた。
アホすぎる。けれど嫌がらせをされるのは経済的に痛い。
ここで金のある人なら物的な証拠を確保するために探偵や
知人に協力を仰ぐこともできるがそれもできない。
しかたなくアイロンほどもある旧世代のカメラをとりだして
車を監視することにした。
20年以上前のカメラなので写りが悪いので心配である。
さらに馬鹿みたいにでかいので隠すのが難しい。
警戒されないように設置するのも一苦労。
このような時は「貧乏の系譜の威力」が発揮されたなあと身に染みて感じる。
普通の家庭ならもっと良い性能を持つカメラを所有していることだろう。
だが、私の家庭では酒代に消えた。
父は子を写し記録をとるよりは酒やパチンコ玉のほうが価値があったのだ。
そう、貧乏人はつねに後手に回り不利になる。一般的な水準に物事を
到達しうるのが困難になる。主に経済的な問題で。
もし、ほんの少しでも家庭に重きを持ち、カメラ代を渋らなければ
自分が愛した者の障害を速やかに取り除けるはずであったのに
しなかったのだ父は。飲む打つ張る。典型的な昭和の駄目親父である。

結果は上々。
ちょうど良い具合に車体に傷をつけている様子を撮影できた。
そのあとは犯行が知られた隣人のばばぁが土下座をする風―土下座はしなかったらしい―
にして母に許しを求めてきたり、実は給与未払いをし続けている元父の
会社の社長の知り合いである小さな会社の社長の妻であったことが判明されたり
ひと騒動が起きた。どう処理するか悩んだそうだが結局は示談となる。
示談と言っても当事者通しの話で第三者がいるわけではなかった。
契約書も簡単なもので私は危惧していた。その予感は当たるわけだが。

どうしてれっきとした証拠もあるのにこちら側が折れるような形となったのか。
それは相手側のバックには限られた地域とはいえ、元父がいる業界にすくなくとも
影響力をもっているからだ。簡単に言うと敵対すると元父が仕事を干されてしまう。
もとより給与なんて払われない仕事ばかりなので変わりはないように
思えるが仕事そのもの、ひいては給与の請求権さえなくなるのは深刻だ。

示談後。
隣人の態度はいっぺん。
払うべき車の修理代をしぶってきた。
不幸は重なるの常の貧乏家庭なのだが状況が悪すぎた。
落ち着いていた母のうつが悪化、さらに精神科は遠く
移動手段の車は壊れたまま。診療代だってないのだ。
車体にタイヤ交換の修理費。元父への給与の未払い。
家賃はどうする?一食抜くからね…いろいろ切り詰めた。
私が元気で働ければいくらか好転できたかもしれないが、
当時はバイトではずれをひき、集団をみるだけで吐き気さえ覚えていた。
姉は東京でよろしくやっていた。
もうがたがたである。

この一件が落ち着いたあと、母が罰金をとられる。
事件の余波で身体の調子が悪くなっているところに
田舎道でネズミ捕りをしていたパトカーに捕まった。
飲酒運転のように思われたぐらいひどかったらしく
逆に捕まってよかったのかもしれない…と思うしかない。
数千円さえ捻出するのが難しい状況でよくもまぁこれほど
のトラブルが発生するもんだと思わず感服してしまう。
posted by ひきひき at 11:10 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする