2013年04月18日

師のお言葉が書かれたご聖典より読むものがあるはず

母は2階の私の部屋に届くように大声で家事をするように命じる。
家事をするくらいいいのだが問題はすぐ隣の暇と金をもてあましている
ばあさんにまで母の言葉が聞こえてしまうことである。
母が毎日のように放つ「洗濯物こんで」の声。薄い引き戸ごしとはいえ
階下の母の声は鮮明には聞こえない。こごもった音程から推測しなくては
ならない。気分がわるいときは聞き返すのがこわいからだ。
嫌なことに母は耳が悪いので2階の部屋から声をかけても聞こえない。
「用件を聞いた」「私は家事をしますよ」との反応を伝えるには部屋をでて
階段に降り顔をあわせることになる。
つまり母の階下からの命令はまったく意味をなしていない。

私が耳をそばだて母のようなこごもった音が聞こえたら
引き戸を引き、部屋をでて階段の下を覗いて反応を示さなくてはならない。
なんの反応もないと途端に不機嫌になる生き物だからだ。

母の不鮮明な声にも反応しないと執拗にわめくのでTVを
イヤホンで聞いていると母の声に気づかない場合も多い。
そのときは階下に降りると母の機嫌が悪くなっている
ので気をつかう。

さらに私の気分を悪くするのは母の声がお隣さんに聞こえて
私のこれからの行動が筒抜けになってしまうことだ。
洗濯物をこんでと声をあげられすぐに私が行動しないと
母は機嫌が悪くなり狂うのですぐに日の当たるベランダに降り立たなければならない。

洗濯物が干されているのはベランダ。
はす向かいにお隣のばあさんの部屋があり、ベランダに立つ者は
思いっきり見られてしまう位置。
光の反射ぐあいによってはこちらからは窓の奥がいっさいみえず
ばあさんからは見えてしまうという絶好の場所だ。
このお隣のばあさんは一人身なので何かと近所のイベントがないか
探すのが楽しみなおひとなのだ。

ばあさんが居てもいなくても監視していようと外にでるのが
嫌な私がベランダとはいえ出るのだ。気分が悪くなる。
もっとも私を不機嫌にさせるのが母の無教養さからくる思い込みである。
人どころか日の光さえ恐れおののいている時期に使いにだし、ベランダから
洗濯物をこむように命じていた。ひきこもりはこうすれば直るという思い込み、
まったく引き篭もりの実情を理解していないタレントが上から目線で言い放つ
民間療法を実践させようとしていたのだ母は。
むりやり外に出し、本人にとって毒にしかならないことを行わせる。
母は理解していない。引き篭もりに関する書籍など1冊も
1ページもよんだことはないのに、治療を施そうとする。
「私は子供のためにがんばっている」と言う充足感、利益を一方的に
享受しているのは母だけである。
無教養さからくるこの行為。ベクトルが負にしか向かないのにまったく
理解しないし理解しようともしないし、する必要などないと思い込んでいる。
こんな馬鹿げた一方的な――勘違い親からは見れば愛情といふ――民間療法を
受けさせられつつある患者はどこにでもいるだろう。


馬鹿が増産されていく。
posted by ひきひき at 16:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

支援

kanekureを個人ブログで行っている人。
お金持ちの方は寄付してあげてください。
私は乞食です
http://darekatomero.wiki.fc2.com/

ポエム
僕は乞食です 僕は無能です 僕はクズです
僕は怠け者です 僕は甘えています
そんな僕が婦人や老人を襲って金品を奪わなくていいように
商店に盗みに入らなくていいように支援してください

私は上記の方より恵まれているが貧乏借金もちなのでリンク張るぐらいしかできない。
posted by ひきひき at 03:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月13日

これが父が稼ぎ妻が財布を預かる仕組みか

私が物心ついて最大の出来事がつい先日発生した。
元父が派遣で1週間も働き続けて4万円を稼ぎ、大半を母のもとに
持って帰ってきたことだ。正直イミガわからなかった。
母が言うには十数年ぶりとのこと。少なくとも私が幼稚園に入園する
前から元父の放蕩は始まっていたので25年以来のことである。

母子家庭といっても世帯年収には幅がある。
母が家長でありキャリアウーマンかつ元旦那から慰謝料・養育費を
勝ち取った家庭もあれば、その正反対な家庭もある。
私の家庭は母が病弱であり別れた旦那がただ飯食って金をせびり、
子供からもバイト代をさらっていき、あげくのはてにヤクザ絡みの
問題や詐欺事件をもってくるありさま。
確実に言えるのはほとんど4人世帯であるにもかかわらず世帯年収が
150万円以下だったことだ。もっと下だったとしてもおかしくない。
200万円もあれば裕福に暮らせただろう。
世帯年収300万円はありえないとされていた時代にさえそう思えたのだ。
世の中流家庭は私にとっては上流家庭そのものだった。
貧困せしめた主要因のひとつであった父、元父がまともに稼いで来たのだ。
心臓が止まるかと。なんといえばよいのかわからないが、元とはいえ父が
金をせしめていくのではなく我が家にもたらしめたのは奇跡だ。
正常な家庭では毎月ちゃんと家長である父が給与を家に納め、さらに
賞与などもあるという。理解はしている。知識もある。ニュース・家族特集番組
を視聴し中流家庭の実情を把握したつもりだ。けれどこれはなかなか驚嘆だ。
中流層の家族社会の仕組みをようやく垣間見たようだ。
タグ:奇跡
posted by ひきひき at 11:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする