2013年05月20日

夏・部屋・トビラ・侵入ノ母

このブログが停滞し、更新していなかった時期に、母は強制的に部屋に
進入してきた。どの時期が判明しないが夏の時期だったと思う。

外の脅迫的な力を遠ざけたかったある日の私は鍵をつけられない
扉に無理やりにつっかえ棒を設置した。
粗末なものだが外からは開かないようにしたのだ。
しかし、ちょうどうつのひどい波におそわれた母が狂ったかのように
侵入を試みた。
つっかえ棒のおかげもありなんとか第一波はやりこせたが
母の機嫌はさらに悪化した。おまけに悪い方向に勘違いさせてしまった。
つっかえ棒の設置の仕方が問題であったのだ。
部屋の扉は鍵をかけたのではなく、つっかえ棒で開かない状態であり、
開こうと力を加えると隙間はできるが力を与えないと元にもどるといった
仕掛けなのだ。だからこそ母は私が扉の取っ手を握り「応戦」していたと
思い込んでしまったのだ。この応戦していると勘違いを与えたのが間違い。
母にとっては「反抗」しているのと同義なのだ。微妙な差異が理解できない
母がさらにうつによって状況把握能力が著しく低下しているのだ。
私がなにをいっても受け入れない。

何度も扉を相手にガタガタと音をたて「一人相撲」をしている母。
母は私が扉のすぐ向こう側に居るとおもいこんでいる。
いや、母の頭のなかでは実際に私が「そこ」に居たのだ。
そう思い込ませないと後が怖い。

わめきながらもまだ扉あいてに格闘している。
私は部屋をあらされる恐怖心をいだいていたが時間がたつと
おかしさがこみ上げてきた。クスリと笑ってしまう程度の。
おかしさがおさまると次には母に対して諦観ともいうべきものが
生じた。この程度だよな、と。私自身たいした人間ではなく、
元父のギャンブル狂いをとめずに子供に負担を強いてきた母だ。
元父にしてみれば「良い伴侶」だが私にとってはまた違う評価となる。

しかたなく招き入れるかたちで扉をあけると開口一番に
「手で押さえていたでしょ」とまくし立てた。
いいえ違います。それはリンゴではありません。
英語の教科書の例文にでてきそうな文で平坦に、適切に答える。
つっかえ棒をしていただけと説明すると、母は鼻息あらく
私の手に握られている棒を睨み「それは探していたものよぉうああ」。
私の手からひったくった。どうやら母が探していたものらしいが
母は忘れている。物置小屋とも化している私の部屋にしまっておけと
言ったことを。

数日たち、あのつっかえ棒をどうなっているか気になって
調べてみると母が居るリビングの片隅に置かれているのを発見した。
posted by ひきひき at 19:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月18日

5月17日 タイヤパンク数回目でニッケル拾いのコンビニたむろの若者

5月17日
運がよいのか分からない一日。

客観的に見ても運が悪い範疇に居る私でもたまには
天の恵みを受けることがある。このまれに見る幸運を
しっかと刻み付けたい。

深夜。出勤するために自転車に乗ると尻の下に違和感がする。
漕ぎ出すと「ぶしゅる・・・ぶしゅる」と車輪が回るたびに
一定感覚で空気がわずかにもれだす音が鳴る。パンクだ。ロケンロー
自然なパンクである。千枚通しやナイフで人為的に空けられたタイヤだと
数メートル漕いだところでタイヤがぺちゃんこになるからだ。
だてに隣人トラブルで隣のおばさんに自転車を
千枚通しで空けられたわけではないのだ。

タイヤ修理をしている時間もないので持つかどうかわからないが
ええい、ままよと出発。
移動するたびに後輪から空気か抜け出す。
ペダルをいくら踏み込んでもまったくスピードがあがらない。
また、ペチャンコ寸前のタイヤで乗ると車輪が三角形になったかのように
「ガッコン・・・ガッコン」と音を響かせるだけでなかなか前に進まない。
それでも漕ぎ続けると時間ぎりぎり、空気残量ぎりぎりで目的地前の
駐輪場に到着。乗るのも無理なほど後輪から空気がもれだした自転車を
蹴りだしスクーター代わりにしたり、真夜中の道端に放置して
走った経験もあるので割とおちついていた。しかし都合がよい
タイミングでペチャンコになったのは運がよい。
持ってくれた自転車におもわず「よくもってくれた自転車」なんて
声をかけたほどだ。まさに気分は戦国時代の伝令。一刻を争う事態に
陥った伝令がとばしすぎて潰れてしまった馬にかけるかのよう。

汗だくになり体力を消耗した状態で作業にとりかかる。
しかし、今日は運が良い。
久しぶりにあてられた作業箇所でなんとニッケル様をお拾い申した。
世間一般で言う百円玉。輝いてる。
古参のパートさんが言うには昔は百円玉ていどよく落ちていたらしい。
いまではとんと拾わなくなったと語っていた。

作業を終えて帰宅する。
自転車を押し歩き。
後輪のタイヤに空気が入っていないので一定感覚でガッタンガッタン鳴っている。
これで野犬がでる田舎道を数十分かけて歩く。
さすがに疲れて喉が渇いてきた。そろそろ通りかかる路地に自販機が
あったと思い至る。そこには他飲料よりも十円安くドクターペッパーが
売られているのだ。買うしかあるまい。
急ぎ足になり目的の自販機がある路地にさしかかる。
直後に違和感。路地が暗い。わずかとはいえ自販機から漏れる照明が
あたりをほの明るくしているはずなのにそれがない。
撤去されていたのだ。それも狙ったかのように私が休日の時に。
たった一日ずれただけ。いつもならぐっとこらえて家にかえり
白湯をたらふくのんだであろう。だが、私の喉は炭酸を欲している。
コンビニに向かう道は帰路とは別方向。よけいに疲れた体でしかたなく向かう。

コンビニに着くといつもは一台あれば上等な店舗前駐車場が満車だ。
なかに入ると理解できた。夜遊びがえりなのかいまから飲むのか
若い男女が群がっている。それも炭酸飲料水が陳列されている冷ケースの
真ん前で。いくらなんでもドンピシャすぎる。なんだこれは。
それとなく菓子陳列棚に移動し様子を伺うが集団は盛り上がる一方。
どく気配はない。すかさず割り込んで行こうと思ったがうんざりして
退店する。コンビニの扉を閉める直前に後ろからレジ前にいたカップル
の声でなにか文句をいわれた。どうやら私が扉を押さえて親切心をださない
ことに苛立ったのだろう。やれやれだ。

帰路にもどる道すがら自販機を発見。
いつもとは違う方向から歩いているからだろう。
いままで注意を向けてこなかった場所に設置されている自販機だ。
よくみると昔にたまに飲んでいた炭酸飲料がある。
白カルピスに炭酸を割っただけのような味といえば想像できるだろう。
本家カルピスソーダとは違いくどくないので好みだ。
さっそく買おうと財布をとりだす。中身は一円玉が数枚と五十円玉。
そしてさきほど拾ったニッケル様だ。
硬貨を投入口に入れ何度も商品を確認してボタンを押す。
がこっと音を立てて缶が転がりだされる。が、取り出し口から
だしてみると缶に凹みがいくらか見受けられる。
いまさっきの衝撃でできたものはない凹みもある。
私の心も凹みかけるが、いや、それでもこれを手に入れることが
できたのは百円を拾えたからだと思い直す。運がいいぜ。

野良犬に出くわすことも車の集会をしている若いやつらに
野次をとばされることもなく無事帰宅できた。めでたしめでたしだ。

そして今日の朝方。
私が母にあげた給料全額が家賃代でふっとんだことを元父と母との会話で知る。
posted by ひきひき at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

20130516 この馬鹿親ばかりの世界について

急に生クリームの味が恋しくなり買い物にでかけた。
店につくなり冷ケースの棚を物色する。
他のものに目移りすると余計な買い物をしてしまうからだ。

安いホイップクリームはないかと見るがどれも298円のものばかり。
片隅に消費期限間際の割引品を発見。
カロリーオフという気分だけでもダイエット品をよそおった生クリームホイップだ。
通常商品より30円近く安いのでしかたなく購入。

家に帰り早速つくろうとボールを用意したが後が難儀した。
まず、氷がない。欠片もない。
私以外はバカスカ使用するが私が使う時だけないとは。
貧乏くじ体質がでたかと気分がすでに落ち込みかける。

代用として冷凍庫の奥底にあった冷却ジェルを用いる。
が、全然たりない。追加にドライアイスがわりにケーキ
に入れられる使い捨て用の冷却用氷も投入。だが、
そこは使い捨て。氷を覆う幕がお絞りのように紙面でできているのか
薄く水に触れると破けるおそれもあったので氷水状態にはしない。
貧乏一家なので今夏も重宝すると予想しての行動だ。冷却ジェルくらい百均で
購入しろと言うだろうが私には大金である。だからといって
私以外の家族は購入する見込みは低い。

冷却ジェルを敷いた大型のボールに小型のボールを重ねる。
予想以上に冷えたのでホイップクリーム液体を投入。
砂糖も投入しようとビンを手に取りなか覗くと形状が異なる
ものが混ざっている。飲み薬に良く見かける顆粒状だ。
このようなときは大体母の仕業。ヨーグルトを食べていたので
付属の砂糖を使用せず、残り少ない砂糖にまぜてかさましを
したのだろう。問題なしと判断し砂糖をボールに投入。
ビンの中の砂糖はあとスプーン3杯分でなくなる程度しか残っていない。
セーフだ。

貧乏家庭の壁が押し迫る。

次は肝心の泡立て。
しかし、泡立てるために泡立て器を探すがない。
家族用のではないが姉のを借りようと探す。
探し当ててはみるが持ち手部分と泡を立てるのに重要なあの
格子状の部分が分離している。
つまり破損している。
普段料理などしない姉が色気づいて
お菓子調理用に購入した泡だて器。加減なんてものを知らないから
壊れたのか素材が悪かったのかわ知りえないがこれでは一向に進まない。
そうだ、泡だて器と同じ形状のコーヒーマドラーを代用すればよいと
考え見つけ出すとこちらも泡だて器と同じように半壊している。
とって部分が鉄心だけとたよりない姿だ。
いや、もう一本あるので大丈夫と言い聞かせていてもそこは
貧乏神がおわす神域、こちらも小とはいえ一部分が壊れている。
持ち手の鉄心が一本そとに飛び出し、持つ者の手をひっかけ傷を負わそうと
している。だが、他に代用となるものはないので持ち方を工夫して泡立てに入る。
小破損と半壊しているマドラーかつ、持ち方が制限されているので
混ぜにくい。それでも一気に混ぜおえた。
カロリーオフという気休め品だからなのかまともな泡立て器を
使用しないのが悪かったのか氷水で冷やさなかったからか貧乏くじ
ばかり引かされる私が悪いのか定かではないがとにかく出来上がった
ホイップクリームは通常品よりとても量が少なかった。

少なくても貴重なホイップクリームである。
ファミレスにも行かないので食する機会は家族の誰よりすくない。
母のようにお呼ばれしてケーキも
食べる機会もなく、姉のように東京の話題のスイーツを
食べられない身の私には間違いなく贅沢品。
といっても食べ方なんて知らないのでウィンナー珈琲にする程度しかない。
そのまま舐めても良いがそれだとすぐに食べ終えてしまう。
貧乏人まるだしである。

母には機嫌とりでホイップクリームたっぷりの一杯を提供する。
あとはちびちび消費していこうと決める。

夜。食事のあとに珈琲にホイップクリームをいれているところを
居候の元父に見られる。母と酒を飲んだあとなので調子づいている様子だ。
やばい。
案の定こどもの菓子でさえ横取りする子供じみた言動を発する。
「あとで生クリームたっぷりの珈琲のもぉっと」
落胆する。元子供のものはすべて自分のものだと当然のように判断する
ジャイアンのような思考がなおっていない。阿呆は歳を経ても阿呆なのだ。
結果、どうなったかというとホイップクリーム隊は一夜で壊滅である。

風呂からあがり寝る前にひと舐めしようと冷蔵庫を開けるが
そこにはホイップクリームを蓄えた金属ボールがなかった。
もしやと流しを見やると無残に洗い物として格落ちしてしまった
ボールが暴漢に襲われた乙女のように寂しげに、そしてなにかに諦めて
しまったかのように呆然と誰に祝福されることもなく佇んでいた。
貴重な甘みをちまちま舐める計画がご破算した瞬間であった。
息子のバイト中にまで金を無心しにくるアル中博打男を
離婚しても見捨てない母のことだ。なくなる過程は手に取るように分かる。

私がいなくなったあと、元父は無理してもウィンナー珈琲を飲もうとする。
ここで母が止めてくれると思っていたが私の計算違いが発生した。
母はボールの残ったクリームの量をみて私がさんざん食べた後と
判断したのだろう。
私もなんだかんだ言って元父には残りものを恵んでいたのだ。
母は元父に与えるか判断するためにボールに残ったクリームの量と
記憶にある通常のクリームの量とを比較したのだ。

これくらいなら息子(私)はさんざん食べたのだろうから
使い切ってもよさそうだ、と。

私と母の分、ウィンナー珈琲3杯分の量しか使用していないのにそう判断してしまった。
だからこそ母は元父を止めずに自分の分と元父の分、たった2杯で残りの
すべてを使い切ってしまったのだろう。
私の感覚では残りのクリームであと4杯分のウィンナー珈琲を飲めた計算である。
むりやりにでも押し込めるものは押し込める母の性分を鑑みるに

「残りもすくないからあふれるくらい入れちゃえ」
なんて考え、実行するのは想像に容易い。

必要以上の労力を注ぎ込んでも満足いくほど生クリームを堪能できずに
終わってしまった。満足いくほど生クリームの味を堪能できなかった点においては
仕方がないと割り切れる。しかし、母と元父の行為に関しては憤りを感じる。
母も元父も柿の種を数袋も破り、酒を飲んだあとに子供のものをとっかすようにして
ウィンナー珈琲を飲もうとする浅ましさに貧乏家庭無教養な子供の立場から見ても辟易する。
posted by ひきひき at 01:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする