2014年04月13日

エプリルフールは過ぎ去った

あ、ども。突然ですが、はは上が事故ってあるけなくなりけり。
古文のミニテストで0点とったのにふんぞりかえっていた中学時代…
とは関係ないです。
なんかリバリヒが必要らしいです二足歩行するのに。
リバリヒが。
ちゃんと大先生夫婦を敬ってナンミョーして功徳を積んでたのに。
なんかおもろいね。給与を払って貰えず泣き寝入り。
詐欺にあっても泣き寝入り。覗きにあってもなにもせず。
なにも対処策をほどこそうとしない親たちに
悲観していたけどなにもしていないのは私も同じ。
やはり血のつながりは絶てないということかな。

エイプリルフールを勘違いして書いているわけではありません。
ほとんど外出しないひきこもりだって、
日付くらいわかるよ馬鹿やろー(たけし風)

ま、そんなことより家事の負担が増えたのがきつい。
母と私のほかは買い物がまったくできないので
買出しにいくのは私の担当。
つまり、外にでかける機会がふえた。

買い物ができないとはなるべく安く、
過不足ないように食料を確保することを指します。
家計を考えて買い物ができない人間っているんですよ。

もちろん買出しにでるのはあたりが薄暗くなる夕方6時ごろ。
人の顔をみたくないし見られたくない。
けれど夕方は帰宅する人間が跋扈する時間帯。
店内も人が多くなる。
買い物にいくのは近所のデパート。
2年まえくらいかそこらはトイレの個室をお借りして
エア出勤してました。過去ログ参照。
分類わけしてないので探すのが面倒。

しかし、買い物でご年配の方々と接触する機会が多くなった
けどやはりなんか横柄というか怖いものがないんですね。
デパート内テナントの八百屋で野菜を購入したときも
おどろきました。買い物袋と野菜で両手がふさがっている状態で
レジへ向かったとき、清算をすませたおばあちゃんが
レジの店員と話し込んでいました。
店員とおばあちゃんはこちらに視線を向けて私を視認。
だがしかし会話続行!
店員さんはこちらをチラチラみていますが
「話すけど…離さねぇよ」な気に覆われているおばあちゃんに
対抗する気を放出できいない。

また、おばあちゃんはレジとわたしを遮るかのようにカートを設置している。
狭い通路であったのでまわりこんで強引に割り込むこともできない。
やるな。
無駄に古きよき日本(笑)を生きてきたのは伊達ではない。
自然に優雅に、そして深淵に潜むのは狡猾さ。
この場合、負けん気がある若者ならカートを押しのけても割り込むか
ずっと待つのだろうが私はおっさんである。猫ではない。
「もう帰ろう」
抱えた野菜を戻して帰ろうと思い至ったときに
店員が片手をわたしの方へ向けた。
話を遮ぎらず清算する気を見せたのだ。
これには妖怪おばあちゃんもすこしだけ身を引いて黙った。
しかし、あいかわらずカートはレジ近くに遮蔽物のごとく設置ずみ。
さらにまだ話たりないのかそわそわしながらレジから離れようとしない。
なにか損した気分になったが清算を済ませすぐさま店内から去った。

後日。
惣菜コーナーで67円の天ぷらをとろうとトングを
手にとり、天ぷらをはさみパックにいれる作業中の出来事
右手側にいた団塊世代まっさかりなおばあちゃんが私の
左手側の商品を睨みつけている。それも私の作業を図ったかのように
邪魔をする位置取りだ。トングをもって手を虚空で静止するおばちゃん。
身動きさえしない。さきほど小さなカートに弱った体を支えるように
ふるえながら歩いていたのを見かけたがまるで別人のようだ。
彫像が私の右手に出現した。

いやいやそれは彫像ではありません。生ものです。
餌は与えないでください。年金は潤沢に授けてください。

私の左手側にある商品をとりたければ移動すればよいのだ。
だが、しない。

私が先にトングをとって先に行動をした。
あとからきたのはおばあちゃんだ。
ものごとの正当性から考えても私がゆずる必要はない。
けれど、当のおばあちゃんはかたくなだ。
絶対にゆずらん。そう聞こえた気がした。
その意気は見事。かたくなに直立不動を維持する姿からは
昭和を先導してきたカビ臭いがなつかしい心意気があった。
そのオーラに当てられた私は萎縮してしまい、選別することなく
天ぷらをパックにいれると身を引き、惣菜コーナーのうしろの
隅のスペースで輪ゴムでパックに封をした。
そうするしかなかった。

レジ清算後。
袋詰めをおわらせカゴを所定の場所へ戻そうと
傍らのカゴを手に取る。けれど目の前にもうひとつのカゴがあった。
さきほど私の目の前で袋詰めをしていた団塊世代のおじいさんが
残していったものだろう。うしろ姿がいかにも亭主関白な頑固親父風
だったので覚えていた。なぜだが頑固でプライドが高そうで
見てくれ重視生活をエンジョイしてそうな男性は
カゴやカートをもどさないのか分からない。
東京に住んでいたときにもいかにも堅気ではない人間や
夜の店で働くホストたちはカゴやカートをもどさなかった。
幾度となく似たような光景に居合わせた。
そして図ったかのように私の目の前に置く。
客観的に見て私が後処理をしないと嫌な人間に思われるように。

むかついてしまったがしかたがない。
いままで日本を盛り立ててきた人たちだ。
なので、自分のとは別におじいさんが使っていたカゴを戻した。
そう、おじいさんのケツを拭いたのだ。
私の手はトイレットペーパーではないぞ。
若者の手は便所紙ではないぞ。
posted by ひきひき at 05:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする